安倍元総理 ご冥福をお祈り致します。

安倍元総理 ご冥福をお祈り致します。

日本でも銃に関する犯罪は後を絶たない。世界でもずば抜けて規制の強い日本でも
銃刀法の犯罪はポツポツ起きている。でも一国の元総理を銃で狙撃とは非常にショックが
大きい。本当に胸糞悪い。かつてある宗教団体による「警察庁長官狙撃事件」というのも
あったが、その時よりも私自身動揺が大きい。
今回は改造銃を使っての犯罪ということだが人を撃ち殺す意思とは何だったのだろう。
銃を自作してまで「人を殺めよう」とする犯人の思考が想像できない。
思い立った時から、銃を自作しながら、いざ現場に向かいながら、そして「殺傷」を
目的として引き金を引くという行為に至るまで、心の根幹にはよっぽどの事があったの
かもしれない。
決して犯人を擁護する気はないが、一人の人間がココまで思いつめ犯行に至るには相当の
パワーがいると思う。そのパワーの種類が「憎しみ」であったとしてら、その憎しみを
犯行という形で成就させてしまうような今の日本という社会は健全なものといえるだろうか。
もちろん一人の変わり者の起こした稀な突発的な事件なのかもしれない。が、同僚政治家さん
たちが口をそろえて「民主主義への挑戦・・・」みたいな言葉で事件を評しているのを聞くと
何だか的がズレてる気がしてならない。

状況や場面は違うがどうしてもJohnを思ってしまう。1980年12月8日熱狂的なファンの
曲がった思考の矛先として銃撃され殺害された事件。この時は学生だったが、アメリカという
国の恐ろしさ、銃の怖さをなんとなく感じたのを覚えている。Johnという偉大な音楽財産が
散った事の重大さはその後年を重ね、音楽に没頭してゆくにつれ痛いほど身に染みてきた。

安部さんにしてもJohnにしても自身の立てた目標に向かい必死に生きていたのだと思う。
自身の人生の結末を銃殺にするために走り続けたのではない。歪な今の日本社会では
他人の生きざまに恨みを抱いたり、腹を立てたりしながらもそこを押し殺してやってゆく
多くの大人達がたくさんいると思う。自身の我慢のはけ口を恨みの対象者の命を消し去る
ことで癒すのは身勝手で傲慢な所業だ。一般的にみんなそれはわかっていることなの
だろうけど、人間どっかで切れたり、暴発したりしてそれが事件のNEWSとして流れてる。

昔、恩師に言われたことがある。善面も悪面も持ち合わすのが人間。災いが起きると
それ見たことかとその人の悪面を持ち出し評論する輩が多い。でも冷静にその人が
今までに成したことを見なければならない。悪影響を振りまきながらも必死に時代を
少しでも前に進めた功績を軽んじてはならない。

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